1000コマ/秒の壁|匠の技02

「1000コマ/秒の壁」

ロンドンオリンピック

 

当初の目標であったロンドンオリンピックでは、22台のHi-MotionIIがアスリートの躍動する姿を捉え、その映像が世界の視聴者の元へと届けられた。ただ、この時点でもHi-MotionIIは技術的な課題を抱えており、製品ローンチ以降もアップデートが継続していた。その中でも最大の問題はまたしてもノイズの発生。そしてそれは最速領域である1000コマ/秒において顕著に現れるものであり、初代機を上回るものであった。今度は画面を横切るように発生するノイズに加え、初代機では見られなかった縦方向に走るノイズも発生したのである。

 

センサー単独のベンチマーク評価では十分な手応えが得られていた上、センサーメーカーからもノイズの点では問題は発生しないとの確約を得ていた。しかし、いざ製品として組み込んでみると、種々の回路との干渉によってノイズが増幅され、想定外のノイズが発生したのだ。後藤は電気回路のパラメーター設定の変更を幾種類も試すが、決定的な改善策を見出すことはできなかった。

いや後藤の頭には「ある改善策」があったのだが「できればそれは避けたい」と逡巡していたという方が正確なのかもしれない。なぜ改善策が頭にありながら後藤がそれを逡巡したのか。その改善策がHi-Motion初代機でも経験した、センサーのドライブ速度設定の変更であることに理由があった。今回のノイズ対策で必要とされるドライブ速度の変更レベルは、センサーメーカーが認める限界仕様値を遙かに上回り、初代機のときとは比べ物にならないリスクが伴う。「初代機の場合が冒険だとしたらHi-MotionIIの場合は“掟破り”という感じ。しかもそれを実行するとなると電圧の負荷が大きくなることから、余裕を持って設計したはずの既存回路をさらに部品レベルから見直し、製品の安定性を考える必要がありました」と後藤は言う。そもそもこうした設計変更の結果、はたして安定して動作するのかも確証はない。しかも、それを実行したら確実にコストに跳ね返る。

 

しかし後藤は設計変更を決断する。センサーに大きな負荷をかけてでも1/1000秒での安定した動作を得られる可能性に賭けて。センサー専業メーカーでさえ「そんな使い方はやったことがない」という、まさに“掟破り”だった。

 

限界に近い性能を達成する為に試行錯誤を繰り返した。