「現実を再現する」風洞実験へのこだわり|ユーザーズボイス04

眼に見えない世界を捉える
研究者の情熱

九州工業大学 大学院工学研究院 機械知能工学研究系准教授

平木 講儒

豪ニューサウスウェールズ大学 キャンベラ校准教授

ハロルド・クライネ

「現実を再現する」
風洞実験へのこだわり

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日常生活においてこんなに大きな風洞設備など見る機会はありませんし、ましてやこんな近くで実験を見学したのは初めてです。当社の営業担当からは「JAXA宇宙科学研究所の風洞設備に入れるなんてそうそうないから、しっかり見て来い」と言われてきました。つまりそれくらいこの設備はすごい施設なんですね。

クライネ

私自身が十数年にわたって日本を訪れ、平木先生との共同研究を続けているのはもちろん先生との研究が意義ある物で、非常に興味深いテーマだということがあります。一方で、この設備を使えるというのも研究者としては大きな魅力のひとつなのです。JAXAの風洞設備は私がオーストラリアで使っている設備よりも大きく、私自身の研究テーマの中でもここでしかできない実験というものがいくつもあります。さきほどの地面からの影響を調べる実験もそのひとつ。こうした充実の環境で実験できるのは、研究者としては本当に楽しみなのです。

平木

風洞設備がどれだけ凄いかというのはいろいろな尺度があり、一概に大きいから凄いというわけではありません。ただ、ここJAXA宇宙科学研究所の風洞設備は、私のように何分の一かの模型を用いてシミュレーション実験をする立場からは、これ以上ない環境であることは間違いないですね。
まずここには2台の風洞設備があり、ひとつはマッハ1.3までのスピードが測れる遷音速風洞。もうひとつがマッハ4まで測れる超音速風洞です。可変間隔はマッハ0.1ですから、非常に細かい風速調整が可能です。速度の違う風洞が2台並んでいるということで条件を変えたさまざまな実験が行える。一箇所でマッハ0.3〜4まで測定できるこのような設備は実はそうはないのです。 またこの設備は測定部の断面面積が60cm×60cm、気流の持続時間も30秒以上と、このクラスの速さの風洞としては広い範囲を長時間にわたって測定できる。これも大きな特徴ですね。

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最近はコンピュータの技術が進歩し、さまざまな分野で応用されています。シミュレーションもそのひとつで、条件を入力すれば状況を簡単に再現することができます。そうしたなか、先生方がこのような風洞実験にこだわる理由はどこにあるのでしょうか?

平木

コンピュータシミュレーションの利点は確かに大きいですね。諸条件を入力すれば、模型やこのような風洞設備なしにある状態を作り出せ、その際に起こる物体の変化などを再現できますから。ただ一方でコンピュータによるシミュレーションでは分からないことも多いのです。その理由は自然界での空気の流れ、物体に与える影響は本当にさまざまで、種々の複雑な条件が絡み合うからです。ある一定の単純な条件ならばパラメーターを設定すればつくりだせるかもしれません。けれどもコンピュータでシミュレーションし「この形ならば空気はきれいに流れてくれるはず」と思って設計した物も、風洞で計測すると空気の流れが淀む部分ができ、姿勢を乱すことが頻繁に起こります。コンマ数ミリ、いやもっとわずかな角度や形状の変化が影響しあい、コンピュータ上では示さない大きな変化を生むことがあるからです。
もちろんこの風洞実験にしても何分の一のスケールで擬似的に同じ条件をつくり出しているのですから、本当の大気圏突入状態とは違うわけです。けれどもデジタルデータでつくり出された世界とは違って、ここではより実際に近い複雑な条件の絡み合いが再現できます。だから想定外のことが起きる。まさにそうした想定外を知れることがこの実験の大きな意義。それこそが改良のポイントですし、次の実験のテーマとなるからです。

クライネ

コンピュータはプログラムの世界です。平木先生が言うように、実際の自然界は複雑な諸条件が時間を追って変化していきます。この細かな変化、複雑な条件の絡み合いをパラメーターで設定するのは非常に難しい。逆に言えば、ほんの少しデータが違えば、それは実際の世界ではなく、あくまでコンピュータ上の世界の話になってしまうわけです。 私は実際に起きていること、しかも肉眼では捉えきれない、あるいは空気の流れなど実際には見えない物を見ることに何より大きな魅力を感じています。たとえば水道の蛇口から水滴が落ちる。ただ見ていればポタポタと水滴が落ちている光景ですが、それをハイスピードカメラで撮影すると表面張力に耐えきれなくなった水が形状を細かく変えながら落下していく様が見える。ただ水が落ちていくだけなのに、そこには複雑な現象が起きている。見えない物をいかにして捉えるか、分からなかったことを知ることが私自身の大きな研究のモチベーション。だから私はあくまでも風洞設備など「実際に起こったことを見る」ことにこだわり続けるのです。