最先端研究を支える技術員の存在|ユーザーズボイス03

今、最先端脳科学研究の現場で

脳情報通信融合研究センター

糸井 誠司・藤巻 則夫 

最先端研究を支える
技術員の存在

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話をお聞きすればお聞きするほど、脳のすごさ、その研究の奥深さを感じますね。お話にあった4つの研究分野<計測基盤技術>、<HHS>、<BMI>、<BFI>のうち、<計測基盤技術>は脳研究を足下から支える分野だと思います。MRI、MEGに代表される高精度な計測機器、その技術進化が脳研究の発展を支えてきた。一方でそうした計測機器の進化に伴い、そのオペレーションをいかに適切に行うかが、研究の大きな鍵を握るのではないでしょうか。その点でこうした実験機器を専門に扱う技術員の果たす役割が重要なのは言うまでもありません。ただ一般的には技術員という仕事、その存在は意外に知られていないような気がします。そこで技術員の仕事とは何かを糸井さんご自身の経歴を含めて少しご説明頂けますか。

糸井

研究者の方がより良い研究ができるよう、MRI、MEGなどに代表される研究装置を常に最善の状態に保つこと。研究者がねらったデータを的確に取ることができるためのセッティング、運用を含めたサポートをする。常にベストの研究環境を保つために研究装置に関わる保守・運用などあらゆることに万全を尽くすのが我々技術員の仕事。一言で言うなら自分自身は研究者のサポーターであると思っています。
私は元からこの分野が専門ではなく、MRIに初めて触れたのは前職の医療系の研究機関で技術員となった1998年のことでした。アルツハイマー病の解明や抗痴呆薬の開発を目的とした研究施設でしたが、そこで本当に多くの計測を経験し、撮像法についての知識を実際の経験を通じて学ぶことができました。MRS*11という脳内代謝物の計測。イメージを素早く撮っていくファンクショナルという方法。ボルメトリー*12という脳の体積を計測するなど、それらの実践経験がベースとなって、今の仕事につながっていると思っています。

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いわばそうした現場で糸井さんは計測機器の進化を常に目の当たりにしてきたわけですよね。たとえば98年当時と今を比べると、その計測精度は相当な違いがあるのではないですか。

糸井

私が初めてMRIに関わった98年当時ですと測定の最小単位は3ミリ角のボクセル*13でした。ところが今では磁場の強さを大きくすることでS/N*14を高め、より小さなボクセルの単位で測ることができるようになってきた。CiNetには7テスラ*15の強力な磁場を持つMRIがありますが、それですと1ミリ角単位のボクセルで計測することができる。つまり3ミリ角に対して体積で約27倍、表面積で約9倍の細かさで測定することが可能になっています。
一方でコンピュータの処理能力が飛躍的に向上したことも研究に与える影響は大きいですね。時間分解能で言うと以前は2秒に1回のペースで撮影していたものが、今では1秒を待たずに撮影できます。また測定したデータを画として可視化する上でも、今ではほぼリアルタイムにデータを解析し、脳のどの部分が活動しているかを画として表示できます。かつてはいったんデータを取り出し、一晩かけて解析を行い翌朝に画として見られるなんていう時代がありましたが、今では測定しながら逐一画を見て、その結果を受け、新たに違うに刺激を与えてその反応を見るといったこともできますから。

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7テスラの磁場というものが、我々には想像つかないですね。

藤巻

医療機関などにあるMRIは1.5テスラが多いですが、一割くらいは3テスラが導入されています。糸井から説明があったようにMRIの磁場を高めることでS/N比、つまり雑音に対する信号の比が大きくなるので、より鮮明なデータが得られます。ここにある7テスラは世界トップクラスで、日本では3台。世界的にも稼働台数は50台ほどではないでしょうか。一方で脳磁計のMEGは超伝導の磁気センサーを頭の回りに配し、脳が活動するときに発生する小さな磁場を計測する装置です。センサーの数が300個以上というのが世界の最先端のMEGですが、CiNetにあるMEGは360個の超伝導センサーを備えています。
脳活動の計測についてMRIとMEGの役割を簡単にご説明すると、MRIは空間的な精度に優れています。つまり脳の「どこ」が活動しているかを測るのに適している。糸井から説明があったように7テスラのものでは、1ミリ角のボクセルで活動している部位を測定することが可能です。対してMEGは脳が「いつ」活動したかという、時間分解能に優れています。もっとも速い時間変化として1/1000秒まで脳の活動を追うことが可能です。この両者の得意な部分を有効に利用することで、情報が脳の中で「いつ」「どこで」処理されているのかを追うことができるわけです。

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特にこのCiNetのように異なる分野、異なる所属の大勢の人が実験する状況では、その運用にも相当注意を払っていらっしゃると思うのですが。

藤巻

そうですね。私達は、まさにその運用面をマネジメントする運用グループに所属し、安全に実験が遂行できるための仕組みを作り、実施しています。まずMRIやMEGの操作に関しては専任操作者というエキスパートのみが行います。実験というと研究者自らが行うイメージがあるかもしれませんが、これらの機器の操作に関しては、高い専門性が必要ですので安全面からまずはそのルールを徹底しています。
実験を行うためには、まず実験計画を提出し、外部の先生方による安全委員会による審査が行われます。また人や動物が関わる実験については所属組織ごとに設けられている倫理委員会の審査も必要です。その二つの審査での承認を経て、さらに施設の利用申請が承認されてはじめて実験が可能となります。実際の実験は予約システムで装置を予約し、専任操作者と「何をどのように測るか」について事前打ち合わせを行い、さらに被験者の同意書、体に金属など危険なものがないかなどの実験前確認が必要です。当日実験前には、これらの書類確認の上で被験者には検査着に着替えてもらい、最終的な安全確認の上、装置に入ってもらいます。実験後には何らかの異常を感じたかなどについてアンケートに記入してもらいます。

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何重ものチェック体制が敷かれているんですね。

藤巻

特にCiNetはさまざまな方が集う融合研究拠点ということもあり、こうした実験装置に必ずしも慣れている方ばかりではありません。それだけにより慎重に、より安全な体制を築くことが重要なのです。

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たとえば<計測基盤技術>を研究されている先生方なども機器に触れることができないのですか?

藤巻

専任操作者以外に熟練操作者というライセンスを設けています。過去の実験歴について条件を満たし、一定の講習、試験などをパスして、そのライセンスを取得した人に関しては操作が可能になっています。なお、実験室内への入室自体にもライセンスがあり、講習とテストを経て合格した人だけが実験室に入れます。これらの装置を使って実験しようとするなら、必ずこのライセンスを取らなくてはいけないというのがCiNetのルールです。

*11 MRS=MRIによる撮像法のひとつ。脳内物質を特定することに用いられる。
Magnetic Resonance Spectroscopyの略。

*12 ボルメトリー=脳の大きさ、体積。

*13 ボクセル=2次元デジタル画像を構成するピクセルに厚みの情報を加えた3次元デジタル画像の 単位。英語での表記はVoxel。体積(Volume)とピクセル(Pixel)を組み合わせた用語。

*14 S/N=信号量(Signal)と雑音量(Noise)の比率を示すもの。
S/N比が高ければ(数字が大きいほど)雑音の影響が少なくなり精度が高くなる。

*15 テスラ=磁場の強さ(磁束密度)を表す単位。名称は放電実験で有名な研究者ニコラ・テスラに由来する。