世界最高域の苦悩|匠の技05

世界最高域の苦悩

 

IMCOで開発された<ULTRANAC>。そして柳も開発チームの一員に加わった<HSV-1000>。同時期に発表されたこの2機種によって、ナックはハイスピード撮影の分野において幅広いニーズを獲得するとともに、世界最高峰を達成し大きな礎を築くことになる。だが<HSV-1000>のように旧機種から段階的に進化を遂げた製品と異なり、<ULTRANAC>のようにまったく新しいコンセプトで開発された、しかもこれまで世になかった世界最速域製品となると、どうしても初期トラブルという問題がつきものだ。

 

たとえるならばフォーミュラーカーという表現が分かりやすいかもしれない。一般乗用車の比ではない高回転をキープしながら壊れないエンジン。時速300㎞から数秒で数10㎞まで減速をするブレーキ性能‥‥。速さを突き詰めるがゆえに大きな負荷がかかり、些細な要因からパフォーマンスが大きく低下してしまう。<ULTRANAC>はまさにハイスピードカメラのフォーミュラーカーのような存在だった。

 

「<ULTRANAC>の高速シャッターを制御するための肝となったのが高圧でのスイッチングです。これは回路への負荷が大きくなるため非常に苦労しました。リリース当時は不具合も多く、開発を担当していた私は正直『パニック』でした」

 

リッチズがそう振り返るように、199010月のリリース当初は不具合が多発。当時そうした不具合に対して日本国内での対応は、その都度製品をイギリスのIMCOに送り修理したものを返送してもらうという形。当然、時間がかかりユーザーへのレスポンスは遅くなってしまっていた。そこでナックは国内で<ULTRANAC>への技術サポート体制を構築する。その任を担ったのが柳だった。

 

「<HSV-1000>と同時に開発が進められていたという意味で<ULTRANAC>には技術者として純粋に興味は持っていました。製品を初めて見たときはビデオ信号という概念がないなど、仕組みを含めすごいカメラだなと思いましたね。まさか自分が担当するとは思っていませんでしたけれど、話があった時はワクワクしたし、『やってやろう』という気持ちでした。」

一方、ロンドンで『パニック』だったというリッチズは柳が日本国内で技術対応についたことが素直に嬉しかったという。

 

「ある意味、誰にも頼ることができない孤独な環境にあったのです。そんな中、一緒に取り組んでくれる柳さんというパートナーに出会えたのですから」

 

ULTRANAC>に関する国内ユーザーからの動作不具合など、さまざまな問題への技術的な対応。それが柳に与えられた役割だった。一言でいえばメンテナンスだが、それを『=修理』という認識と考えてしまうと、実情と大きく離れてしまう。

 

「何より私自身が電子工学科出身でオプトエレクトロニクスに馴染みがあったという点で特殊ではあったけれど、<ULTRANAC>の設計思想を比較的受け入れやすかった」

 

そう話す柳は国内の顧客対応を中心に、リッチズが苦しんでいた初期不良の解消に向けた対応策をさまざまに検討する。その一つが電源投入時の不具合だった。

 

イギリスで組み立てられた製品が日本に到着。日本で出荷前検査を行うと、電源投入時に動作不良を起こすことがあった。頻発という状況でもないため、当然、輸送段階における影響などに疑いの目が向けられたが、柳は回路をひとつ一つ検証し不具合の原因を特定することに成功する。

 

通常、電源投入と同時にまず制御系システムが起動し、高圧回路に流れる電流量を適正に制御する。しかし製品の回路を検証していた柳は、初期製品の中に制御システムが起動する以前に高圧電流が流れてしまっているものがあることに気づいたのだ。

 

源投入時の立ち上がりシーケンスに不具合があり高圧電流を適正に制御できていませんでした。そのため一部の製品は電源を入れた段階で高圧電流が流れ、それが回路に大きな負荷をかけていたのです」

判明した問題点はすぐにイギリスのリッチズに報告された。そしてすぐさま電源シーケンスの設計に改良が施された。同時にそれはリッチズにとって『パニック』からの脱出であり、技術者として二人がより強い信頼関係を築く一つの出来事にもなった。

 

「カメラを24時間作動させ症状の確認を続けていましたが、ずっと不具合の原因が特定できずにいました。不安な気持ちで作業を続けていましたが、結果的に遠く離れた日本で作業する柳さんに助けられました。柳さんは表面上の技術だけではなく、具体的な問題の本質を深く理解して問題解決に取り組んでくれる人。素晴らしいパートナーです。」

 

リッチズが柳をそんな風に評する一方、柳はリッチズをこう見る。

 

「<ULTRANAC>に関わるにあたってマークの論文を読み込みましたが、彼の思考はとてもシンプルで分かりやすい。それは単純とか簡単という意味ではなくて、イメージコンバーターの設計、高速シャッター制御について、ものすごい発想や工夫が盛り込まれているにも関わらず、それを難しくせずシンプルな設計に落とし込む力がある」