<ULTRANAC>の誕生
最大撮影速度2000万コマ/秒、最大撮影枚数24枚。
リッチズを中心にIMCOでスタートしたウルトラハイスピードカメラの開発はまさに一から、いやゼロからのスタートだった。ロンドンの郊外にあったオフィスは設立時にはカラッポ。「机や椅子を運び入れて作業環境をつくることからはじめた」とリッチズは当時の様子を話す。
一方、技術面でも難しい課題があった。市場をほぼ独占していた他社の先行製品には多くの特許技術が盛り込まれており、なかでも撮影システムの肝となるイメージコンバーターチューブ※3は、ほぼ特許で固められていて後発他社にとって高い技術障壁となったからだ。当然、新たに市場参入するには既存技術を超えるイノベーションが必要になる。そこでリッチズらが導いた開発テーマが『デジタル化』だった。
「既存製品の撮影回路はアナログ設計のためシステムの信頼性が低く、操作性も良いとはいえませんでした。そこで私たちは撮影システムをデジタル化し、信頼性、安定性、操作性を大きく向上させることをめざしたのです」
リッチズは開発のポイントをそう話す。
たとえば従来の既存製品のイメージコンバータチューブは、光電面(入射部)と蛍光面(受光部)の途中にスリットを設け、真空管を用いたアナログ回路で電子ビームを振り、このスリットの通過タイミングを制御することでシャッターを切っていた。これに対してIMCOは制御回路をデジタル化。光電面に設けた電子シャッターを高速制御することで、最大撮影枚数24枚というミッションをクリアさせる。理屈としては単純だが、高圧で駆動するイメージコンバーターにおいて高速でかつ正確にデジタル制御を行うには高度な回路設計技術が必要だった。
デジタル化は製品の安定性と操作性にも大きく寄与する。従来のアナログ制御機は、撮影コマ数を変更するたびに基板そのものを入れ替える必要があるなど、撮影条件を変えるたびに調整作業が必要だった。しかもそうした物理的な基板の入れ替え作業は、システムの安定動作にも影響するため撮影には多くの手間がかかった。「撮影が目的なのか、カメラの調整が目的なのか分からない」。そんな笑い話が研究者の間であったという。だがIMCOの開発した製品はデジタル制御されているため、撮影条件の変更時に基板の交換はもちろん不要。条件に沿って各種パラメーターをPC上で設定するだけで撮影が可能であった。くわえて新しいイメージコンバーターチューブにはセラミックを使用し、既存のガラス製に比べ衝撃耐久性も大きく向上させた。
ULTRANAC
製品は<ULTRANAC>と名付けられ1990年10月に発表。日本国内はもちろんアメリカではナックビジュアルシステムズ、ヨーロッパではナック・ヨーロッパを通じて世界の市場へと送られた。
「従来品を超えるカメラとして、日本はもちろん広く世界で認知してもらえた」。そうリッチズは胸を張るが、事実、この最大撮影速度2000万コマ/秒、最大撮影枚数24枚という撮影能力は、インクジェットプリンターのインク吐出の微細制御、さらには自動車の燃費や排ガス性能の向上など環境技術をはじめ多くの産業、研究分野に寄与していくことになる。
※3 中が真空になっている管状の筒で、端面のそれぞれに光電面(入射部)と蛍光面(受光部)が設置されている。光電面側に入射された映像(光)は電子に変換され管の中を通り抜け、後端の蛍光面にぶつかり発光することで映像として出力(可視化)され、紫外線や赤外線、X線などの不可視光を可視化したり、微弱光を増幅して可視化できる。