映画人に育てられた技術|匠の技03

「映画人に育てられた技術」

一般にサービス部門というと不具合や故障した製品が対象と思われるかもしれない。だが名取らが扱うのはそれだけでない。たとえばお客様の手に渡る前の商品。新品の出荷前検査も名取たちサービスエンジニアの仕事のひとつだ。

 

名取の担当するレンズであれば、専用機器を用いてレンズ性能を評価する指標であるMTF(Modulation Transfer Function)を測定し、被写体の持つコントラストを忠実に再現できているかを確認するほか、フォーカスリングやズーム機構を動かし、使い手(映像カメラマン)が違和感を感じないかをチェック。実際にカメラに装着して機種ごとの独特のボケ味、色収差を確認するなど多くの項目をチェックし、クリアしたものだけがお客様のもとへと渡る。一つでも不具合が出れば、時にレンズを分解し、調整を施した上で再度組み上げ、もう一度同じ検査が行なわれる。

 

メーカーが完成品として販売する新品に、なぜこれほどの手間が必要なのか。それは「プロ向け製品として、プロが使える質を確保するため」だと名取はいう。独自の高い基準を自らに課し、お客様に安心を提供する。それこそがナック品質というわけだ。さらに名取は「私たちのお客様が日本の映画人、放送人であることが大きいかもしれません」とも指摘する。

 

「作品を高めよう、良いものをつくりたいという思いから、機器の質に対しても日本のクリエイターは非常にこだわりが強い。ある意味、非常にうるさくて細かい人たちです(笑)。ただ、そのこだわりが私たちの技術を育ててくれたのだと思います」と。

レンズを慎重に分解する名取。デスクの引き出しにはネジやナットのほか専用の工具などがきちんと整頓されて収納されている。

 

実は名取には手痛い思い出がある。入社数年後、エクレール社(仏)の16ミリカメラを担当していた頃の話だ。名取が整備・調整を施したカメラを使い作品を撮影した映像制作会社から突然こんな連絡が入った。

 

「撮影した画が使いものにならない」

 

慌てて先方に出向き撮影した映像を見せてもらうと、たしかにわずかなフリッカーが確認できる。原因はシャッターとミラーとの微妙なタイミングのズレ。デジタルで補正などできない時代、これが原因で約2000フィート、24コマ/秒に換算して約50分のフィルムが使いものにならなくなってしまった。

 

「翌日からしばらくは、事故を起こしたカメラが何度も夢に出てきました。そして、毎週放送されていたその番組を数ヶ月見ることができませんでしたね。自分にとって相当ショックな出来事でした。もちろん自分ではきちんと確認し万全な調整を施しました。けれどそこに不具合があったのは事実。自分のせいで制作陣が必死に記録した映像をダメにしてしまったことに言い訳できません。だからそれ以降は絶対にこんなことを起こさないと心に誓いました。サービスエンジニアとして今、自分がこうして仕事ができているのは、あの失敗があったからかもしれません」と名取はいう。

かつて名取が担当していたエクレール社の16ミリカメラ
(写真は当時とほぼ同型機種)