Realityとの出会い、ジャパンクオリティへの挑戦|ユーザーズボイス10

リアルタイムCG合成の世界
トップランナーだから見える未来

株式会社サイバーエージェント/株式会社CyberHuman Productions

津田 信彦 

Realityとの出会い
ジャパンクオリティへの挑戦

──

ところで、津田さん自身の経歴を見ると、ここまではCGやバーチャルとまったく縁がないように見えますが。

津田

そうなんです。サイバーブル入社後にCGとの付き合いが始まった感じです。

──

動画広告を中心にWebの広告制作から運用までを手がける会社ですね。

津田

前職でやっていた番組コンテンツとは違い、一個の商品やサービスで10秒、15秒といった短い映像を作るのが主です。その意味では前職の映像制作の王道の部分と、海外でYouTubeをやっていた両方が活きる現場ではあったと思います。

──

とはいえスピード感も全然違うでしょうし、結果に対する見方も従来の視聴率とかではなく、アクセス数、購買数というものになるわけで、だいぶ勝手は違ったのではないですか。

津田

そうですね。どんな綺麗な映像でもWeb広告として求められるのはより確かな訴求であるわけです。しかもそれはきちんと数値化される。たとえば、ある商品を赤い背景で撮ったときと黒い背景で撮ったときとではどれくらい差があるのか。シズル感*2を表現するときに明るい描写がいいのか、暗めの描写がいいのか。それは綺麗という曖昧な価値観ではなく、どれだけ購買に結びついたかが最大の判断材料になってきます。撮り手としてこれをどう感じるかは、人それぞれかと思いますが、僕はある意味、すごくわかりやすいし明確だと思いましたね。

──

その点では、いかに多くのバリエーションを少ない時間で撮れるかが重要になってきますね。

津田

場面転換に時間がかからず、いろんなバリエーションを試すことで、最適解を素早く導くという点ではそうですね。たとえば、ハウススタジオ*3を使った場合、既に設置されている家具や照明器具、壁紙などをそう簡単には変更できないですし、自然光スタジオだったら光の条件はすぐには変えられない。その解決策の一つがCGの利用なんです。

──

その中で問題、課題となったのはどういうことでしょうか。

津田

一般的な合成方法に言えることなんですが、CGの中に本物の人を配置した際に違和感がぬぐえないことがあるんです。CGの背景と人のマッチングが不自然というか。もしCGと実写が自然に見えるようにうまく組み合わせることができれば、これまでとまったく違ったワークフローができる。それが一つの課題でした。

──

そこで注目したのが、CGリアルタイム合成ソフト<Reality>と、カメラトラッキングシステム<RedSpy>だったわけですね。

津田

実写とCGのリアルタイム合成となると、カメラトラッキング*5の問題などさまざまな要素が絡んできます。いろいろと検討を進めている中で、トップから「これが使えるかどうか検討してほしい」というミッションを命じられたのがRealityRedSpyでした。

──

ただ、検討しようにもどちらも日本に一セットも導入されていないわけですから、確かめる術もないですよね。

津田

なんといってもシステムの中核をなすのはCGのリアルタイム合成ソフトですから、Realityの性能を見極める必要があり、2018年にトルコのイズミールにあるメーカーの本社を訪ねました。

──

実際にトルコまで行かれて、システムを見た第一印象はどうでしたか。「これはいける」という感じでしょうか。

津田

正直に言うと、そのときはまったく判断ができないという感じでした。というのも、メーカー側が用意してくれたデモのコンテンツが、アメリカのニュースショーを想定したものだったんです。例えば、CNNとかFOXとかのニュースを見ていると、ちょっと未来的な派手なバーチャルスタジオでキャスターが喋っている画がありますよね。あんな感じでした。確かに合成の精度とかは分かりましたけれど、こちらが求めるCMクオリティの画の質感を再現できるのか、また、どれだけ臨機応変に現場で発生する問題に対応できる仕組みになっているのか、ということがほとんど分かりませんでした。そこでいったん帰国し、改めて自社で所有するカメラとレンズを携えてトルコを再訪問。実際に現地で撮影を行いました。CGの調度品越しに人がいて、その人がCG空間を動く画を、RedSpyを取り付けたカメラで撮影してRealityCGと合成。それを東京に送ってジャッジしてもらい、最終的にシステム導入のGOサインが出たという形です。

──

日本最初のRealityRedSpyの導入が2018年。私自身もよく知っていますが、そこから津田さんの孤独な戦いが始まるわけですね。

津田

ニュースショーなどでの実績は海外であったものの、CMでのリアルタイム合成、しかも日本で要求される高いレベルでの画の運用はほとんどありませんでした。実際、システムを導入していろいろ試しながら、自分なりに画を調整してプレゼンしても、社内のディレクター陣からは「これでは使えない」という反応しか返ってきませんでした。RedSpyは安定したトラッキング性能を発揮してくれましたが、Realityに関しては設定パラメーターが多岐にわたり、いろんな条件を一つ一つ見直したり、たくさんある設定を調整し直すなど、高い要求に対応するための戦いが続きました。

──

具体的には条件に合わせてさまざまなパラメーターを調整していくというやり方ですか。

津田

そうですね。これが結構大変で、照明、カメラの動き、撮影する対象によって、ものすごくセンシティブで、あちらを調整すればこちらに影響が出る、こちらを正すとさっきよかった部分に影響が出る、しかもこのソフトにはControlZUndo)のコマンドで戻る機能がない。映像のある一箇所に問題があると半日は確実に潰れるという感じでした。

──

さらに、周りを見渡しても日本に先例はないわけで、アドバイスを求めようにも誰もいないということですね。

津田

ある意味、一番詳しいのが自分ですからね(笑)。当時、トルコに直接問い合わせても満足する回答はすぐには得られない状況で、ひたすら作ったノード*6を一つずつ検証していくという感じでした。いや過去形ではなく、これは今も続いていますけど。

──

もちろん安い買い物ではないですから、これをなんとかしなければ、という思いはあったのでしょうけど、「もうダメだ」とならなかった理由はなんでしょう。

津田

ソフトの持っているポテンシャルは感じていましたし、愛着も感じていました。たしかに、最初はCMレベルのクオリティはなかなか出せませんでしたが、Realityの名誉のためにいうと、ニュースショー的な未来的な背景での合成だったら、相当なクオリティの画を出すことはできました。こうした苦労は、ある意味こちら側の求めているレベルの高さの裏返しでもあるわけです。

*2 食材などの撮影の際に新鮮さやおいしさ、みずみずしさを映像で表現すること
*3 映画やCMなどの撮影場所として貸し出される実際の一軒家やマンション
*4 背景となるCGの映像
*5 撮影を行うカメラの3次元空間上での位置情報(パン、チルト、ロール、前後、上下、左右の動き)とレンズ情報をリアルタイムに検出すること
*6 ネットワーク上で接続されている機器を指す言葉で、Realityはソフト上のGUIコンソールでノード間の入出力設定を行うことができる