30歳、ヨーロッパ~アメリカ大陸16カ国を旅する|ユーザーズボイス10

リアルタイムCG合成の世界
トップランナーだから見える未来

株式会社サイバーエージェント/株式会社CyberHuman Productions

津田 信彦 

30歳、ヨーロッパ〜アメリカ大陸
16カ国を旅する

ベルギーでお世話になった家族と

──

30歳を前に愛知の映像製作会社を退職。海外へと行かれることになるわけですね。

津田

JICA(国際協力機構)の青年海外協力隊のプログラムに参加しようかなと考えていました。自分のキャリアだと映像系の技術を教えるといったことになるわけですが、でもその前にまずはワーキングホリデーのビザを取得し海外を歩いてみようと思いました。まず、フランスに渡ってボランティアで映像制作の仕事をしながら、その対価として食事や宿を提供してもらう旅をすることから始めました。結果的にまずはヨーロッパ13カ国ほどを回ったのかな。
そして半年ほど経った頃、ウクライナに滞在していたときにあるスイス人の男に出会いました。彼から「自分はYouTubeでいろんな映像を発信したい。南米に行こうと思ってるんだけど手伝ってくれないか」と持ち掛けられ、一緒に行動を始めました。

ウクライナで出会った旅仲間とヨーロッパ、中米を撮影行脚

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それでヨーロッパから一路アメリカ大陸へ?

津田

まずはスイスとフランスで予行演習みたいなことをして、最初にメキシコを転々としながら映像を撮っていきました。カメラを構えていると寄ってくる子どもたちと一緒に、ゲームセンターの対戦ゲームで勝負するといった、いかにもYouTubeというような内容ですね。

──

あまりにさらりと話されるので思わず受け流してしまいそうになりますが、危険を感じたりすることはなかったんですか。それとここからはワーキングホリデーじゃないわけですから旅の資金は?

津田

メキシコから先はカウチサーフィン*1などを利用して極力出費は抑えました。ヨーロッパを含めた約1年間の旅で、60万円くらいしか使っていないんじゃないかな。
身の危険という意味では、最後に訪れた中南米のベリーズはなかなかに衝撃的でしたね。けっこうな街中でも道路は凸凹、トイレなどの衛生面もかなり悪い。当然シャワーなんて冷たい水しか出ない。治安もかなり悪くて、このまま前に進んだら撮影機材も危ないかもしれないという環境でした。機材を失ったら旅をする意味もない、とスイス人の彼と話して、まずは一旦メキシコに戻ろうということになりました。

──

当初考えていた青年海外協力隊への参加は?

津田

確かベリーズだったと思うんですが、そこにJICAの現地での活動を記録した記念館みたいなのがあって見学したんですが、何か自分のやりたいこととは違うかなと感じてしまったんです。メキシコに戻った頃は日本を出てまもなく1年になろうとしていましたから、「そろそろ旅も終わり、日本で働き口を探さなくちゃ」と考え始めるようになっていました。

──

そこから帰国して就職活動という流れになるわけですか?

津田

メキシコからの直行便はすごく高いので、どこかを経由して帰らなくてはならなかったんです。アメリカのどこかを経由する便が多くて安かったので、最後はアメリカを歩いてから帰ろうということで、東海岸のニューヨークとペンシルベニアに滞在しながら、アメリカでの生活体験と並行してネットを使った日本での就職活動を始めました。主にIT系の映像制作関係に応募したんですが、エントリーシートや途中の面接もネット経由でOKだったので、こちらは深夜、日本は午前中という時間帯に何社かのオンライン面接を受けました。

──

「なんで君は今アメリカにいるの?」という、面接の話題には事欠きませんね。

津田

ええ(笑)。前職のことなんかよりも、ほぼ旅のエピソードを話すような面接でした。そこですごく面白がってくれたのがサイバーエージェントの子会社で、動画広告を軸としたWEB広告代理店のサイバーブルでした。成田に帰国後、そのままスーツを調達して最終面接に向かい、入社を決めてから愛知の実家に戻りました。

*1 インターネット上の無料国際ホスピタリティー・コミュニティーで、登録したメンバー間で宿泊場所の無償提供を行うための交流サービス。