細かな変化を可視化することで用具開発にも応用|ユーザーズボイス02

最新のスポーツギア開発を
支える「計測」の力

ミズノ株式会社

古川 大輔・島名 孝次 

細かな変化を可視化することで
用具開発にも応用

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お話をお聞きしていると、計測の入り口のモーションキャプチャーはもちろんですが、ミズノさんのシステムの肝はやはり独自の3D-CGモデルを開発されたことにあるようですね。

古川

3D-CGをより精緻につくる上では最初のデータ計測が重要ですから、どれかひとつ欠けてもこのシステムは成り立ちません。ただ、あえて言うなら、開発に直接つながるデータを得られるという点では、ご質問にあったように自社開発の3D-CGモデルの存在は大きいですね。
モーションキャプチャーによって運動における人の動きを細かく解析できる。ただそれはあくまで人がどう動くということを座標軸に示したにすぎません。そのデータを解剖学的な知見に基づいたヴァーチャルな人の身体に落とし込むことで、はじめて皮膚や関節、筋肉の動きとして可視化できるわけです。ウエアにおいては先ほど島名が説明したように、皮膚の伸縮を細かく知ることで裁断や縫製などの設計の大きなヒントになりますし、私の担当するシューズなど用具開発で言うと、その靴を履いて走った時の膝への負担など、身体にかかる負荷などを可視化できることが製品の改良・開発の大きなヒントになります。
特に用具の場合、人の動きに対して物がどう変化しているかを見ることが重要です。捕球をする時、ボールを蹴る時、走る時、人は身体のある部分に力を入れる。それに対して用具はどう反応しているのか。たとえば野球の捕球動作で言えば、手の力にグラブがどう反応しているかを見ることで、どういう構造にすれば、より素早くプレーヤーの意図に沿った形になるのかといった、用具設計のヒントが導けるわけです。

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少し話はずれますが、野球用具などは古くからの匠の技がぎっしり詰まっている感じがしますね

古川

そうですね。実はこのシステムを使いさまざまな解析を行うなかで、びっくりしたのが匠の技でした。こうしたデータがない時代につくられた用具の基本設計の多くが、本当に理にかなっている。それを匠と言ってしまえばそれまでなのですが、長い時間をかけて積み上げられた職人の工夫が用具ひとつ一つに詰まっているのだな、ということをあらためて実感させられました。

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そうした匠の技に科学的知見。運動解析による定量的なデータを加えることで、匠をさらに一段高いレベルに押し上げるのがこのシステムかと思います。たとえば伝統の野球用具分野での利用例があれば教えていただけますか。

古川

野球グラブの開発例が分かりやすいかもしれません。 これまでグラブは操作性を高めるため、裏革を補強して力を伝わりやすくする、指の付け根部分に切り込みを入れて曲げやすくするなどの工夫が施されてきました。それらは先ほど申し上げたとおり理にかなっているのですが、一方で私たちはこのシステムを使い、捕球時のグラブの変形を三次元計測し、手の動きを阻害しているポイントを見つけることで、より捕球しやすいグラブ設計のヒントを考えました。
まず数十個のマーカーを貼ったグラブで各ポジションごとに捕球動作をモーションキャプチャーで撮影して3Dポリゴン*モデルに変換。各マーカーが構成する面の変形度合を解析すると、捕球動作時にもっとも影響が大きいのが指股部分だと言うことが解りました。なかでも変形量がもっとも大きいのが内野手ならば中指、外野手ならば小指部分でした。この指股部をより動きやすい構造にすれば、手の力をよりダイレクトにグラブに伝えることができると考え、私たちはデータをふまえ、背面の指股部を一枚の革で覆う構造にするとともに、指部分の内部芯材の橋部分を薄くするなどの改良を施しました。実際にこの設計を施すことで、捕球時の力を圧力センサーなどで計測すると従来品に比べ指に加わった力が少なくなる。つまりより素手に近い感覚で捕球できることが実証できました。

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用具開発ですと開発前のデータ収集はもちろんですが、それを使用した時、身体にどのような影響があるかなどのデータも得られますよね。

古川

おっしゃるとおりですね。たとえば膝への負担を軽減できるような新しいシューズを開発するとします。衝撃吸収性の高い素材、あるいは新構造のソールがあったとして、そのソール自体が持つ衝撃吸収性だけでなく、シューズという製品全体で走りにどのような影響がでるかを見極めなくてはなりません。そうした時にこのシステムならば地面に着地した時、あるいは地面を蹴り上げる時、人体のどこにどれくらいの力が加わっているか、それが走りにどう影響しているかを知ることができる。その意味では開発のみならず新素材や新機構が確かに運動性能を高めていることを示す、商品機能のエビデンスとしてのデータを得ることもできるわけです。

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ところで用具系の開発ですと、ハイスピードカメラはどのような場面で活用されているのでしょうか。

古川

ウエア系が人体の動きと比較的シンクロする物であるのに対し、用具は先ほどのグラブのように人の動きに応じてどのように変形しているのか、その細かい変化の具合を知ることが重要になってきます。ハイスピード映像ならば細かなねじれ、部位の変化をミリ単位で可視化できますから、モーションキャプチャーとハイスピードカメラを上手に併用していくことで、より開発に有用な情報を得られますね。

*ポリゴン=多角形。3D-CGでは三角形や四角形の組み合わせで物体を描く。
ポリゴン数が増えることでより精細な立体表現が可能となる。