匠が持つ経験知に科学的なデータを加味|ユーザーズボイス02

最新のスポーツギア開発を
支える「計測」の力

ミズノ株式会社
グローバルフットウエアプロダクト本部
企画開発部 開発課

古川 大輔 

ミズノ株式会社
研究開発部 要素技術研究開発課

島名 孝次 

※ 記事内容は公開当時の情報です。 

| USER'S VOICE | USER'S VOICE 02 ミズノ株式会社

プロフィール

島名孝次(しまな・たかつぐ)。神戸大学大学院教育学研究科(保健体育専攻)修了。1993年ミズノ入社。スポーツ科学研究室ウエア開発課を経て現職。中学から大学まで陸上競技(100m、200m)に関わり、現在もマスターズ陸上などに参加。マスターズ陸上4×100mリレー(40~44歳の部)メンバーとして日本記録を保持していた実績を持つ。

古川大輔(こがわ・だいすけ)。大阪大学大学院基礎工学研究科システム人間系専攻(専門は生体力学)修了。2001年ミズノ入社。商品開発部で野球グラブ、手袋、シューズなどの用具開発を経て、現在はグローバルフットウエアプロダクト本部でシューズ研究の専任者として活動を続けている。中学から陸上競技(100m、走幅跳)を続け、現在も競技会に参加している。

User’s Voice第2回目は日本を代表するスポーツメーカーであるミズノ株式会社です。今回はトップアスリートが実際にボールを蹴ったり、スイングなどの計測を行ったりするという、普段は入れない特別な場所をご案内頂きました。
モーションキャプチャー、ハイスピードカメラを駆使したデータ計測、そしてそれを基にしたデータ解析によって、いかにして最新のスポーツ製品は開発されているのでしょうか。

匠が持つ経験知に
科学的なデータを加味

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今回のUser’s Voiceはミズノさんに伺いました。ミズノさんといえばもはや説明不要の日本を代表するスポーツ用品メーカーです。オリンピックをはじめとする数々の国際大会でトップアスリートがそのウエアや用具を使用している姿を目にすることはもちろん、我々一般のレベルでも野球、ゴルフ、ランニングなど、おなじみの製品を数多く世に送り出していらっしゃいます。今回はこれら製品開発の最前線である研究現場のお話をお聞きしたいと思います。
今日は特別に実験室の中に入らせて頂いたのですが、まずこの場所は不思議ですね。当社が納入したモーションキャプチャーのMAC 3Dシステム、ハイスピードカメラのMEMRECAM Q1mなどをはじめ、さまざまな計測装置が並び、何やら秘密基地のような雰囲気を感じさせます。

古川

ここは運動における人の動きを計測解析する場所です。中央にはサーフェスが交換可能な走路があり、そこには走ったときに加わる力を測る荷重センサーがあるほか、動きを高速撮影できるハイスピードカメラ、周囲にはモーションキャプチャーのカメラが並び、細かな動作解析を行うことができます。

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競技戦略、トレーニング、そして今回のテーマである製品開発など、今やスポーツがサイエンスと密接に結びついていることは知られています。けれど製品開発の段階で、どのようなデータを収集し、それをどう製品に活かしているのかなどはあまり表に出ていないような気がします。もちろんそれは製品開発の重要な鍵となるトップシークレットだからでもあると思うのですが。今日はそうしたスポーツ用品開発の最先端の話をお聞きできると楽しみにやってきました。

古川

お話しできる範囲で(笑)。まずは研究開発部の島名からウエア設計の事例を紹介してもらいましょう。

島名

たとえば音響製品であったら「より良い音を」というように、あらゆるものづくりの最初には要求特性があります。ではスポーツウエアの世界での要求特性は何かと言うと、個別の競技によって異なりますが、ざっくり言うと「暖かい」「涼しい」「動きやすい」という機能性、「見た目がカッコいい」と言ったデザイン性などが出てきます。これに対して我々は素材あるいは設計など多方面からアプローチしていくわけですが、ここでは設計という部分に焦点を当ててお話しします。
スポーツウエアの設計と言うと、まずはそのシルエット、生地のカッティング、そしてそれらをいかに縫製していくかが基本となります。スウェットやゴルフシャツ、タイツなど、多くのスポーツウエアは部位ごとに裁断された複数の生地を縫い合わせ、ひとつの製品を形作ります。単純な例だとゴルフシャツで言えば前身頃と後身頃、袖、襟などの部分に分かれます。完成形をイメージして、こうした部品構成を考えるのがパタンナーと呼ばれる専門職です。パタンナーは先ほど出た要求特性、たとえば「これまでより動きやすい」というオーダーに対して、脇部分に若干のゆとりを持たせる裁断、縫製などの工夫を施します。いわば長年の経験に基づいた知見をベースにして要求に対する解決策を導いていくわけです。

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匠の技とも言える部分ですね。

島名

ある部分を締め付けたり、あるいはゆとりを与えたりなど、ミリ単位の微調整をしてパタンナーは商品を設計します。まさに経験のなせる技です。もちろんその技は私たちの財産なのですが、一方でどうしても属人的な物になってしまいます。簡単に言えば個々のパタンナーの技量に負う部分がどうしても多くなってしまう。そこで彼らが持つ経験知に科学的な知見を加えることによって、個人の技量に過度に依存せず、安定的に良いモノづくりができる環境を構築しよう、それが我々のミッションでした。

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そのベースとして、まずはモーションキャプチャーによって運動時の人の動きを細かく解析しようと。

島名

そうです。競技や計測の目的によって異なりますが、通常、全身の計測では40個ほどのマーカーを貼付してモーションキャプチャーを行います。モーションキャプチャーで得られたマーカーの三次元位置情報は解析ソフトによって身体の各部位の回転などの運動情報に変換され、次に自社開発の3D-CGモデル(ヴァーチャルボディ)にそのデータを取り込みます。
この3D-CGモデルは解剖学的な知見を取り入れ、動作にともなう筋肉のふくらみ、つぶれ、さらに皮膚の歪み(伸縮)などを忠実にシミュレーションできるようになっています。 一見するとゲームや映画などでのCG作成と同じように見えるかもしれませんが、映画などの場合はたとえば走っているのが「それらしく見える」ことに重点が置かれ、多少のデフォルメが許容できるのに対して、我々が欲しい情報は「人の正確な動き」。特にウエア設計において、こうした情報の中でも重要なのが動きに伴う皮膚の伸び縮みです。やや専門的ですが、衣服において動きやすさを規定する要因としては衣服のゆとり量、衣服と皮膚のズレ量、素材の伸縮性になります。
サイズが小さいぴちぴちで伸縮性が弱いシャツだと動きにくいけれど、伸縮性があって、着心地にゆとりのあるスウェットだと動きやすいですよね。このようにある動作によって皮膚が伸びたとき、その伸びはまず衣服のゆとり量が吸収し、ゆとり量が不足していた場合は皮膚と衣服のズレによって、さらにそれでも不十分な場合は素材が伸縮することで吸収されます。
だからといってゆとり量が多ければ良いわけではありません。脇の部分をダボダボにすれば、ツッパリ感はなくなりますけれど、皮膚が縮んでいる状態の時にはそれが動きを阻害するし、運動パフォーマンスを考えるとそのダボダボは流体抵抗を生み出します。つまり動いた時には皮膚の伸びを吸収し、一方で抵抗などを最大限に減らすベストバランスがスポーツウエアには求められるわけです。