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ハイスピードカメラで撮影した映像は、シミュレーションの精度向上や現象の解明においても重要な役割を果たしています。今回はハイスピードカメラの映像を使って破壊現象シミュレーションの研究開発をしている東京大学の柴沼一樹先生にお話を伺いました。
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東京大学大学院工学系研究科システム創成学専攻
柴沼一樹 准教授 プロフィール2010年5月 京都大学大学院工学研究科博士課程修了(工学博士)
2010年11月 東京大学 助教
2013年6月 東京大学 講師
2017年1月 東京大学 准教授
日本学術振興会特別研究員(DC1・PD1)、インペリアル・カレッジ・ロンドン客員研究員、科学技術振興機構さきがけ研究員も歴任。
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――今回撮影した映像は、どのような研究で使われているのでしょうか。
柴沼先生:今回の研究について論文として掲載されているのはまだ1本しかないのですが、ファストオーサーの学生さんが「Analysis of rapid crack arrestability enhancement by structural factors in cross-joint components using a transparent elastic solid」という修士論文を出しています。「rapid crack arrestability」は「高速のき裂伝播を止める性能」のことで、それを「structure factor」、つまり「構造因子」で向上させる、ということです。溶接部のような継ぎ手部などの構造因子を使ってき裂伝播を止める性能を向上させる、それを透明の弾性体(樹脂)を使って分析しました、という論文になります。継ぎ手の形状を模擬した透明の弾性体には中央部に穴が空いていて、溶接部の不連続部のようなものを模擬しています。ここでは、穴が空いていないものと、異なる大きさの穴が空いているものの3種類を対象に撮影しています。
今回のような形で撮影をしたデータは、そのあと画像解析にかけてき裂の形状をとって、それぞれの継ぎ手の形状に対してクラックがどう伝播したのかをキャプチャーできます。この情報をインプットにして有限要素法(構造解析をシミュレートできる数値解析の手法)で再現をすることで、中で応力やひずみがどうなっていることを詳細に調べることができます。解析結果から、き裂先端近傍の応力拡大係数(負荷の厳しさを評価する指標)というパラメーターがどのように変化しているかがわかりました。
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ハイスピードカメラ観察から得られた試験データのまとめ((a)き裂先端位置の履歴、(b)き裂の進展速度V)
Analysis of rapid crack arrestability enhancement by structural factors in cross-joint components using a transparent elastic solidより。柴沼先生ご提供 -
どの条件でも応力拡大係数はだんだん減りながら、最終的にある値でき裂が止まっています。ここから計算自体が有効に働いているのがわかるのですが、応力拡大係数の変化の仕方から穴がどう働いているのかもわかります。穴がないものは奥までき裂が侵入していますが、穴が大きければ大きいほどき裂は手前で止まっています。応力拡大係数は、穴がないものはストレートに落ちている一方で、穴があるものは穴のところで一回厳しくなるんですけれども、穴を通過した後に急激に落ちています。こういうことを穴が誘発していることがわかります。実際に35%くらい応力拡大係数が落ちているのですが、これは材料の特性が1.5倍くらいいいものを作ったのと同じくらい効果的にき裂の進展の駆動力を削ぎ落としているということなんです。こうやって穴を単に加工して加えるだけで簡単にき裂を止めることができる、ということが定量的にわかりました。これはハイスピードカメラで精緻にき裂の形状を撮れているからこそ実現できたことなんですね。ハイスピードカメラの映像を起点にして、数値解析の新しい手法と組み合わせて、両方でもって最終的に新しい知見を出すことができた、そういう結果になっています。
今回もこの論文と同じアングルで撮影をしましたけれども、実はこのアングルって従来のカメラだと撮れなかったんです。正面から撮れるカメラの性能が実現できたことが、こういった研究成果につながっています。
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――前のカメラだと正面から撮れなかったのは何が原因だったのですか?
柴沼先生:解像度が全然足りないというのと、今日撮影した映像でも前面の色がちょっと薄いですよね。以前のカメラだとこれがほとんど撮れなかったんです。透明な樹脂に走るき裂は完全に白黒になってくれるものではないので、微妙な変化を撮影できないと追うことができません。側面から撮影するのは簡単なんです。でも、き裂の前面形状を撮るのは今まで難しかったんじゃないかと。当時は300×200pixelくらいの解像度だったので、相当低いですね(今回の撮影は1,280×488pixel)。前面の形状がボケちゃっているのでデータにも段差がでている感じですね。荒いには荒いです。
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――100,000fpsの解像度や感度を考えると、ACS-1は高精細に撮影ができます。今回の撮影のポイントは、き裂の広がっていく様子、ということになるのでしょうか。
柴沼先生:かなり細かい話になっちゃうんですが、過去に使っていたシミュレーションのコードは動的でなくて静的に解いているんです。ただの有限要素法ではなく「拡張有限要素法」という特殊な方法を使ってはいるんですが、傾向は捉えられているものの静的にしか解けていなかったので、厳密な評価ではありませんでした。き裂の形状を入力して応力拡大係数を解くというのが今の計算の流れなんですけれども、本来は応力拡大係数で再現される破壊の条件をもとにき裂の形状がアウトプットされなくては、シミュレーションとは言えないんですね。それは「逆解析」というものなんですが、これは「純解析」で解いているだけになっちゃっていると。
このときの拡張有限要素法という考え方だと逆解析は実現できないので、「Sバージョンの有限要素法」というものを開発しています。応力が集中しているき裂の前影の近くにだけ細かい有限要素法のメッシュを、試験片全体をモデル化しているメッシュとは別に導入する手法です。従来のものより高精度でかつ計算コストが低く、単純にモデル化できてシンプルなアルゴリズムで動くものになっています。さらにこの手法では、「拡張有限要素法」を使ってやったき裂の形状を入力にして応力拡大係数を出す「純解析」の計算と、逆に応力拡大係数で定義される破壊基準をベースにしてき裂の形状を解いていく「逆解析」の両方が実現できます。
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この手法で以前撮影したデータを動的に再現してみたところ、新しいことがわかりました。従来は側面からしかデータが撮れていないので、き裂先端は1個の応力係数の値があるだけ、つまりき裂に沿って応力拡大係数が一定になっていることを前提に理論が作られていたんです。こうして正面から撮影した精緻なモデルと組み合わせて同時に解くことができたことで、中央の応力拡大係数と表面の応力拡大係数が結構違うということがわかってきました。具体的には、表面の応力拡大係数がかなり高く、内部の応力拡大係数が低い、というのをずっとキープしたままき裂が進展しているんです。つまり、同じ材料で同じ破壊が起こっているのに、表面と内部で変わってきちゃっていることがわかったんです。それというのは従来言われていた破壊の理論を修正しないと高精度なシミュレーションが実現できないことを意味しているんです。まだ論文まで書き切って成果まで整理できてはいないんですが、そういう知見もハイスピードカメラで精緻に現象をキャプチャーできたおかげでわかってきたことになります。
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(左)ハイスピードカメラによる観察結果と撮影されたクラックの前面形状
(右)クロスジョイント部近傍のxz平面断面における最大応力場の有限要素解析結果
Analysis of rapid crack arrestability enhancement by structural factors in cross-joint components using a transparent elastic solidより。柴沼先生ご提供 -
――ハイスピードカメラの撮影結果を通して、今までの理論を修正しないといけないということがわかってきたんですね。
柴沼先生:実際の現象をちゃんと再現しようと思うと、新しい「破壊のクライテリオン(criterion:判断、評価の基準)」を定義しないと再現できないんです。破壊のクライテリオンというのは、運動方程式でこう記述しますという数式を破壊の現象に対して定義するようなものなんですけれども、それってまさに物理なんです。数値解析のツールが隣にあって初めて実現するというのはあるんですけれども、カメラで撮った精緻な画像があってこそなので、両方の組み合わせで初めて分かるようになってくるものです。今回撮影した研究はこういった内容になっています。最終的にはどんな構造を作れば一番安全ですか、という設計に落とし込むんですけれども、そういうのもやはり破壊のクライテリオンがクリアにならないと、本当に正しいかが怪しくなってくるんですよね。
破壊って昔から研究されているんですけれども、結局わかっていないんです。なぜかというと一番の原因は見えないからなんです。速過ぎちゃったりして。最先端の技術で透明な樹脂などではデータが取れるようにはなってきたんですけれども、やはり鋼だとまだ難しいとかがあるんですよね。見えないと割れた後の破面から想像するしかない。そういう時代が長かったと思うんですけれども、やはりそれでは限界があります。ハイスピード撮影のように時系列で現象が見られると、新しいことが明らかに増えますよね。それでもって理論がブラッシュアップされていくのかなという感じがしています。
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――こうした破壊の研究はどういった分野に応用されるのでしょうか?
柴沼先生:最初から樹脂を対象にしているのではなく、鋼の材料の「脆性破壊」を対象にしています。船などの分厚い鉄板が使われる構造だと脆性破壊のリスクが高くなってしまうことが言われています。で、脆性破壊は基本的には起こしてはいけない現象なのですが、鉄板が分厚く全部溶接で作られているので、発生のリスクを0にするのは現実的に不可能と言われています。なので、万が一脆性破壊が発生したとしても、そのあとどこかでそのき裂を止めなくてはいけない。ダブルインテギュレリティ(二重安全性)を確保することが基本的に設計として重要ですよね、ということが言われています。その二重安全性をしっかり確保する、つまりどうやれば合理的にクラックを止められるかを考えるのですが、溶接部のスリットように構造的に不連続になっているところをうまく利用するのが一番いいのではないかと言われていました。ただ定量的にどうなのかは全然わかっていなくて、定性的にそういう感じですよね、ってところで終わっているんです。これをしっかり理論で説明することで、より合理的に一番いい形状があるんじゃないかということも議論できると思っています。それを実現できるような設計のツールを作ることが最終目標です。
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その最初の一歩として、穴が大きい方がちゃんと(クラックが)止まるよね、しかも応力拡大係数がこう変わっているから手前でき裂を止める性能が上がるんですよね、ということが明らかになったのがこの論文なんです。で、次のステップとしては、どの形状が一番いいかを探し出す設計のツールを作ることになります。そのためには、先ほど言った「破壊のクライテリオン」をちゃんと明確にすることとか、そのシミュレーションがちゃんとできるソフトを開発することが必要です。破壊のクライテリオンをしっかりキャプチャーするという意味では、ハイスピードカメラというのは非常に強力で、先ほどの話のように新しい知見が見えてきたというところです。
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――ハイスピードカメラの映像を計算に落とし込むにあたって、重視されるカメラの性能はありますか?
柴沼先生:解像度とサンプリングレートと、あとダイナミックレンジで、濃淡がしっかりキャプチャーできる性能ですかね。き裂をしっかりキャプチャーできるかが重要で、3つが揃っていないと、こういうことは不可能だと思います。
き裂の撮影は陰影が映るような感じになるので、陰影がしっかり見えないとシミュレーションに落とし込んでいくのも難しくなってくると思います。すごくクリアに映っているときもあるんですけれども、き裂が入らないとこうなるってのがわからないので、最初から狙って綺麗に撮るっていうのはちょっと難しいんですよね。バックライトで撮影していて、局所的にライトが当たってしまうと、一部がクリアに見えても、ライトの当たっていない場所ではき裂の様子が真っ暗で見えないということもあります。
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――撮影では照明の前にトレーシングペーパーを挟んで光を拡散させていて、均一に光が当たるようにしています。ただ、トレーシングペーパーを挟むとどうしても減光してしまい暗くなりがちなのですが、ACS-1は感度が高いので、撮影速度が高くても明るく鮮明に撮影ができます。
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――先生が研究にハイスピードカメラを使おうと注目されたのはいつぐらいからですか?
柴沼先生:じつはそんなに古くなくて、2017年頃にパイプのバースト試験で、以前ボスだった先生の共同研究先が貸してくれたハイスピードカメラを使っていたんですけれども、あれが最初のきっかけですね。たまたまの思いつきだったんです。パイプが爆発するのに、パイプの周りに置いていたものがまったく無傷で無事だったんです。よくよく考えると爆風がほとんど上に行くので、周りに物を置いていても実はあまり問題ないことがわかりまして。一発試しにダンボールを置いてみて、ダンボールが無事だったらハイスピードカメラをおいても大丈夫だろうと。で、ダンボールが大丈夫だったのでカメラを置いて撮影しました。こんなリスクを冒す人はそうそういないですよね(笑)。でもこれで海外からかなりの数の問い合わせがありました。
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――1つの気づきでいままで見えなかったものも見えるように?
柴沼先生:大きなパイプの破壊現象ってき裂が開く角度(CTOA=Crack Tip Opening Angle)が破壊のクライテリオンとして有効に使えるんじゃないかといわれていたんです。けれども、実際に撮った人がいなかったんです。で、実際に撮って解析してみたら、この値が止まる直前までほとんど一定だったんです。なので、これをベースにモデルを作ればパイプの破壊現象がシミュレーションできる、ということを論文で出すことができました。
実はこの論文、僕っぽくないって言われたんです。学生時代も応用数理をやっていて、モデルを作る方が得意だったんです。でもこの論文は、現象を説明するために計算を入れているのですが、基本的にハイスピードカメラで撮影した映像をもとに書いているんです。こうやって実験メインで論文を書くことが今までの研究実績の中でなかったので、かなりびっくりされました。そういう意味でもハイスピードカメラで何かを撮るということが、実験の分野に思い切り足を踏み入れるきっかけになったのかもしれないですね。
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――これを機会に実験と出会ったのでしょうか。
柴沼先生:助教時代に、学生のときにやっていた数学的なやつは禁止されたんですよ、ボスに(笑)。そういうのができるのは知っているけれど、実際の現象を見ろって言われて。最初は何言っているんだろうなって思ったんですけど、その言葉のおかげで実際の現象を数学モデルで再現できるっていうところに到達できたと思います。実際の現象を知らなかったらできないので、実験が必須なんです。実際に現象をキャプチャーして、それをちゃんと再現できるモデルってどういうものか考えるという、計算と理論と実験が全部必要になってくる。そのコアになる技術がハイスピードカメラかなと思っています。モデルだけだとデータが合っていました、って言ってもちょっと弱いんですよね。実際の現象をキャプチャーしている何かがないと。
実はこういうモデル化の研究って、実験と比較しないでパラメータを色々変えて計算しましたって終わっているのが多いんです。研究室のホームページでも、大事なことの1つとして、「Verification and Validation」を挙げています。「Verification」というのが数学の精度のことで、「Validation」は実際の現象との比較検証のことです。僕は両方必要だと思っていて、実際に必要なんですけれども、どっちかしかやっていない人がすごく多いんですよね。Verificationがしっかりしたモデルで、かつそれを使って破壊のクライテリオンを実装するとValidationもバッチリですよという、両方を満足していることがすごく重要ですということをホームページにも書いています。学生時代の僕はVerificationしかやっていなかったんですけれども、ボスにValidationを叩き込まれました。今は両方を大事にしていて、そのためのパワフルなツールこそがハイスピードカメラです。
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――柴沼先生、ありがとうございました。
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